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いっきblog

アラフィフにして、ようやく人並の生活を手に入れた人生やりなおしブログです。若者よ!こんな大人にならないように!

大人でも無理だけど、素直になる大切さを若いうちから考えよう!

 

ちょっと重い話し。

もう、どれくらい経つかな。

会社の先輩が亡くなったのは。

まだ定年前で、趣味の釣り仲間としてこれからもたくさん釣りに行ける釣り仲間だった。

いきなり聞かされた病名は「白血病」

「えっ?嘘でしょ?」

だって、つい先日まで元気に仕事してたよね?

衝撃でした。

 

 

確かに、わたしの父も奥さんの義母もガンで亡くなりました。

だからガンというものがどうゆうものかは知ってます。

「白血病」

血液のガン。

でもね、白血病から社会復帰した例もたくさんあったから、あまり心配はしてなかった。

抗がん剤治療はうまくいかなかったようだけど、骨髄移植でなんとか乗り切った。

仕事に復帰するのに時間は掛ったけど、何とか日常生活を取り戻してくれた。

10歳も歳が離れた先輩だったけど、正直、兄のような人だった。

復帰してから一度だけ、一緒に釣りに行った事を思いだす。

そして再発。

最初の入院の時には、必ず復帰すると思ってたからお見舞いにも行かなかった。

本人が治ると思って治療に専念しているんだから、わざわざお見舞いに行くのも嫌だった。

だけど、再発。

今度はお見舞いに行かなければ、そう思ってたよ。

同僚とも「いつ行こうか?」と話してたし。

でも仕事が繁忙期だったこともあったし、本人からのメールでも大したことない感じだった。

そして訃報。

ホント、何が起こるか分からないよ。

何ですぐに行かなかったんだろう。

わたしが趣味である釣りを再開するきっかけをくれた恩人でもあるのに。

遠くへ遠征をするときにはいつも車を出してくれたのに。

仕事で生意気な事を言っても、受け止めてくれたのに。

どうしてお見舞いに行かなかったんだ。

 

奥さんの義母さんはすい臓がんで亡くなった。

まだ50代。

今でこそ明るい奥さんだけど、お義母さんに対してはすごく後悔していた。

ガンで入院してからちょくちょく病院へ行ってた。

必ず治るって信じて。

だからかもしれないけど、お見舞いに行くたびにお義母さんと喧嘩したりして。

いつもの親子喧嘩だよね。

その喧嘩が原因で1週間くらい病院へ行かなかった。

そんなある日、病院から電話が。

急いで駆け付けた時には危篤状態。

いくら声をかけても・・・

 

わたし達夫婦が、どれだけ義母さんに親孝行できたか分からない。

わたしが今でも後悔しているのは「お母さん」と言えなかったこと。

何となく気恥ずかしくて、「お母さん」って言えなかった。

もっと一緒にいる時間があれば自然と「お母さん」と言えたのかもしてないけど、結局言えなかった。

これは今でも後悔として残ってる。

奥さんに対しても申し訳なく思う。


自分の父親に対しても、もっと語り合っておけばよかった、そう思ってる。

ガンと聞かされてから2週間くらいで亡くなった。

それまで、クソみたいな人生を歩んでいたわたし。

もちろん、父親とも喧嘩別れ、絶縁状態だった。

再会した時には抗がん剤とモルヒネで意識は混濁して、わたしの事をホントに分かっていたかどうか。

父親は昔ながらの人で、家の中では絶対的な存在。

そんな父親が疎ましいと思って育った。

こんな大人にはなりたくない!

そう思って生きてきた。

でもね、母親や妹が言うのよ。

「お父さんにそっくり」って。

結局、育ててもらった父親・母親の影響は大きくて、親子なんだなぁと思わせられる。

もっと父親の事を理解しようとすればよかった。

分かり合えなくても、理解することは出来たかもしれない。

その努力をしないまま、父は他界してしまった。


人の生き死にの場面に向かい合った時、人は後悔の念に駆られます。

48年間、生きてきて3回もそのような状況にあって、それでも素直に行動出来ないのが人間なのかもしれません。

若いうちは後悔なんて恐れずに、何にでも立ち向かう勇気が必要だけど、それを過ぎた頃には何にでも素直になれる勇気が必要なんだと思います。

ふぅ、こんな事を書くなんて、歳を取ったのかなぁ。

 

わたしにはまだ年老いた母親がいます。

今は元気に妹夫婦や孫たちと暮らしてますが、それなりに高齢だし何があってもおかしくない。

これから多くの時間はないけれど、出来る事、してやれる事を考えてみよう。

「親孝行したいときに親はなし」

若い人からすれば、親がいる事が当たり前だと思うだろうし、こんな年寄りくさいことを言ってもウザいだけだと思う。

でもね、

「後悔先に立たず」

大切な人が亡くなったとき、少なからず後悔をする。

絶対にする。

だから、その後悔を少しでも小さくする努力はしておいた方がいいよ。

おっさんのお節介でした。